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2009年3月11日 (水)

バイリンガルになれなかった子供たち

ハイ、うちの子供たちは両親とも日本人ですが、オーストラリアで生まれて育ち、、、バイリンガルにはなれませんでした。(まだ分からない??)

彼らの母国語は英語です。私は長女を育てる時に、とにかくこちらの幼稚園や学校へ行ったときにハンディーがないように、と日本語で話しながらも英単語を使いまくり、絶対不自由はさせない、と心がけていました。若気の至りです。。。セサミストリートを見て一緒に英語の練習をしました。

おかげ様で長女は両方を流暢に話すようになりましたが、日本人学校は挫折してしまったため、読み書きができません。ひらがな、カタカナ、小1程度の漢字は読めますが、、、

次女についても同じように育て、長女のときよりもネイティブの姉がいるため苦労がなかった記憶があります。ゴールドコーストに来てからは、今はなつかしい“あおば塾”に3年ほど通っていたため、日本語の会話はそれなりですが、ひらがなまでが限界です。

女の子というのは、器用なもので小さいときから状況を見分け、日本語と英語を上手に使いこなします。2ヶ国語知っているのがベネフィットになるせいか、言語能力に長け、英語の成績はネイティブ以上です。

が、息子は日本語が話せません。よく使う日本は、“ご飯何デスカ?” “これナーニ”。知っている日本語の単語は 50 ないでしょう、きっと。しりとりも、しりとり、リス、スイカ、カラス、すずめ、メガネ、ネコ、コマ、まいご、ゴマ、ママ、まいご、ゴマ、ママ、、、、といった具合にパターンから脱出することができません。まあ、3人目ともなりますと親と話すよりも姉弟で話す方が多いですから、ほとんどはネイティブの姉達から英語を学んだと言っても過言はありません。

私の定義するバイリンガルとは “2つの言語を読み書きを含め自由自在に操る人” ですから、私も一生バイリンガルになりえませんし、子供たちはもってのほか、日本へ行ってもちょっと日本語が話せるガイジンさん程度です。

私の最近の心配は、私が死ぬ間際に残す最後の言葉を子供たちが理解できないのでは?ということ。もっと日本語をきっちり教えておけばよかったかしら、と思う今日この頃です。

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